京都大学大学院法学研究科附属 法政策共同研究センター

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海外派遣

概要

本センターでは、国際的研究を行う能力・意欲を持つ研究者を養成するため、若手研究者(助教・大学院生等)に対し、在外研究のための渡航費助成を行っている。

2024年度短期在外研究助成 概要報告

明海輝(D1)・イギリス

概要

 本渡航の目的は、日清戦争の講和過程における日本外交の解明に資する史料をイギリスで収集することであった。日清戦争当時のイギリスは、香港での軍事拠点や上海での経済利権を有していたため、日清戦争の動向を注視しており、日本外交に関する情報も積極的に収集していた。実際、日本でも閲覧可能なイギリスの史料を分析すると、日本の外交文書や私文書では十分に触れられていない日本外交の姿が描かれていることが判明した。そこで、イギリス現地の史料館を訪問し、日本では閲覧できない史料を活用することで、従来の研究を更に発展させることが可能となると考え、イギリスでの史料調査を計画した。
 本渡航において計画した史料調査先は、①The National Archives、②University of OxfordのBodleian Libraries、③National Library of Scotland、の3カ所であった。具体的には、①ではイギリスの外務省文書及び海軍省文書、②では日清戦争当時にイギリスの外務大臣を務めたKimberley及び大蔵大臣を務めたHarcourtの私文書、③では当時イギリスの首相を務めていたRoseberyの私文書、をそれぞれ調査する計画であった。

成果

 前項で記した3カ所の史料調査先を訪問し、非常に多くの史料を収集することができた。本項では、それぞれの訪問先で収集した史料の概要、及び印象に残った史料について記すこととしたい。①では、日本での閲覧が困難な史料を中心に閲覧した。一方、日本で閲覧が可能な史料についても、日本ではマイクロフィルムでの閲覧に留まり現物を利用できるわけではないので、時間が許す限り収集を行った。その中では、史料の現物を可能な限り利用することの重要性を再確認させられる場面が複数回存在した。例えば、現物を確認することで、史料にカラーのペンを利用した書き込みが存在することを認識できるが、白黒のマイクロフィルムで閲覧する場合にはそうしたカラーの書き込みを判別することはできないのである。
 ②では、KimberleyやHarcourtの私文書の中で、外交関係者との書簡を中心に収集を行った。外務大臣であったKimberleyの私文書には、各国の駐英外交官との往復書簡も多く残されており、その中には日本の駐英外交官のものも一定数含まれていた。こうした書簡は、日本の史料には記録があまり残されていない、日本の在外外交官が任国政府に対して行った外交活動の実態を示すものであり、日本外交の解明に大きく貢献するものであると考えられる。③では、Roseberyの私文書の中で、日清戦争期の書簡を幅広く収集した。KimberleyやHarcourtといった人物の書簡も勿論多く存在したが、日本人留学生との往復書簡が存在し、その中では日清戦争の講和問題に触れられていることが非常に印象的であった。

井戸田耕二(D2)・ドイツ

概要

 ドイツ・ケルン大学(Universität zu Köln)の刑法・刑事訴訟法研究所(Institut für Strafrecht und Strafprozessrecht: ISS)において約一か月間滞在し、文献調査、および現地の研究者との交流を通じて、博士論文執筆のための資料収集を行う。

成果

1. はじめに
 私は、刑法を専攻し、塩見淳教授の指導のもと、犯罪の成立時期として重要な意味をもつ「実行の着手」について、ドイツを比較法の対象国として、歴史的経緯、学説、裁判例を含めて研究し、現在、博士論文の執筆に取り組んでいます。その過程で、ドイツにおいて資料を収集し、多くの研究者と面談するなど、広い意味での現地調査が必要だと強く考えるに至りました。そして、この度、塩見教授の推薦を受け、法政策共同研究センター「短期在外研究に係る旅費の支援」制度に採用され、2025年1月16日から2月17日まで、ドイツ・ケルン大学の刑法・刑事訴訟法研究所に滞在し、短期在外研究に従事しました。
 私を受け入れてくださったのは同研究所のクラウス・クレス教授・博士(Prof. Dr. Claus Kreß)です。クレス教授は、2018年に、約半年間、本学法学研究科に招へい教授として滞在され、当時法学部生であった私は教授の授業に参加し、その後も折に触れ助言をいただいてきました。
 滞在中は、研究所内にある共同研究室の大きな机をお借りし、大学図書館や食堂(Mensa)の利用証、大学閉館時にも入館できる許可証までいただき、大変素晴らしい環境のもと、朝から夜まで研究に没頭することができました。クレス教授の秘書であるタニヤ・リーゼ(Tanja Liese)さんには、多岐にわたって、私の研究が成果を挙げられるよう、常に配慮していただきました。
 また、現地では、私の法学部生時代からの同クラスの友人であり、本学法学研究科 博士後期課程に在学中で、かつ現在はケルン大学にてクレス教授のもとで博士論文の完成を目指している河合慶一郎君(国際法専攻)が迎えてくれ、公私にわたって大変お世話になりました。

2. 文献調査
 短期在外研究における私の目的の一つである文献調査については、渡航前に期待していた以上の成果を挙げることができました。研究所はケルン大学の中心的な建物である本館(Hauptgebäude)内にあり、研究所の図書室は、研究所と場所的・機能的に一体化しており、必要に応じて、すぐに適切な本を参照することができました。また、法学部の図書室も同じ建物内にあるうえ、本館と道路を挟んだ向かいの建物には全学の巨大な図書館もあり、文献へのアクセスにおいて大変優れた環境でした。
 さらに、特筆すべきと思われるのは、オンライン文献の充実さで、大学内のネットワークからアクセスできるオンライン文献は多岐にわたり、研究室に居ながらにして必要な文献参照がすべて足りることも少なくありませんでした。
 このように、毎日集中的に、学術論文、体系書、コンメンタール、裁判例原文、裁判例評釈などの文献を読みふけることで、ドイツにおける未遂論の展開と現状について、多くの知識を得、理解を深めることができたように思います。
 加えて、現地では日本では入手困難な書籍も購入することができ、帰国時には、それらを携え航空会社の重量制限いっぱいの書籍(約40冊)を持ち帰ることができました。

3. 現地の研究者との交流
 私の短期在外研究のもう一つの目的は、現地の研究者との交流でした。もっとも、これについては私のドイツ語能力の乏しさや、期待通り研究者の方々にお目にかかれるかどうかなど、出発前の不安も大きかったのも正直なところでした。しかし、こちらについても予想を遙かに上回る成果を挙げることができました。
 研究所では、スベニヤ・ラウベ博士(Dr. Svenja Raube)が私のサポート役として様々な質問に答えてくださり、さらに、共同研究室で同室であったクリスチャン・ケアケス(Christian Kaerkes)さん、ツェイダー・カパロフスカ(Ceyda Kaparovska)さんには、私の拙いドイツ語に根気よくつきあってくださり、毎日のように私の素朴な疑問に答えていただき、日本で研究していたときから抱いていた多くの疑問をこの機会に解消することができました。
 研究所に隣接し、同じくクレス教授が率いている国際安全保障法研究所(Institute for International Peace and Security Law: IIPSL)の談話室には、毎日の昼食時にはかならず顔を出すようにしていました。ここでは、研究者の皆さんがめいめい昼食を持ち寄って、食事をしながら楽しい雰囲気の中で多くの会話がなされ、ここでのドイツ語は私にとってはとても難解なものでしたが、学術的なことから社会問題まで、様々な話題について研究者の皆さんの率直な意見を伺うことができました。この研究所の皆さんは、まるで一つの大きな家族のような様子で、大変あたたかい雰囲気の中で滞在することができました。
 そのうえ、研究会や講演会等の大学内のイベントにも積極的に参加させていただき、過去に私が日本で検討していた学術論文の著者に直接お話を伺えるなど、ここでも貴重な経験をすることができました。

4. その他、数々の貴重な経験
 現地での成果は以上のような事前の研究計画の範囲には留まりませんでした。私が現地を訪れた1月中旬は、まだケルン大学の冬学期の授業期間中で、クレス教授のご厚意で、数多くの講義やゼミナール、さらには博士論文の中間報告としての意味合いがあるコロキウムなど、多くの授業に出席する機会に恵まれました。
 とりわけ、日本で学んでいたドイツ刑法の授業を実際に体験できたこと、ゼミナールで多くの皆さんのハイレベルなプレゼンテーションを聞けたこと、博士論文への取り組み方について直接見聞できたことは、大変貴重な経験となりました。クレス教授の授業は、大人数が参加する講義でも常に受講生に問いを投げかけ、かつ質問を受け付ける双方向的なもので、積極的に手を挙げて発言の機会を求めるドイツの大学生の学びに対する姿勢にも感銘を受けました。
 また、研究所で知り合った友人に食事に招待してもらったり、休日に一人で街中を歩いたりと、毎日が充実しており、あっという間に過ぎ去った一か月でした。

5. 研究成果の活用
 今回は、主に過去20年の比較的新しい議論についての調査を重点的に行い、その範囲では、目的をほぼ達成することができました。これらの研究成果は、これからさらに詳細に内容を検討して整理しなければなりませんが、近い将来、私の博士論文にかならず生かせるものと確信しています。ただ、やはり一か月間という滞在期間は短く、私の博士論文ではさらに古い議論も詳細に検討することが必要なため、まだ必要な調査も多く残っています。もし機会に恵まれれば、もう一度このような在外研究の機会を得、残りの調査が行えればと、今は将来に向かって夢を描いているところです。
 末筆になりましたが、このような機会をお与えいただいた法政策共同研究センター、およびクラウス・クレス教授・博士はじめケルン大学の皆さまに、心より、深く感謝を申し上げます。

川瀬朗(特定助教)・アメリカ

概要

 今回の渡航の目的は、2025年3月2日~5日にアメリカ合衆国イリノイ州シカゴにて開催された国際関係論に関する大規模な国際学会、International Studies Association (以下ISA)の年次大会に参加して、研究課題に係る情報収集を行うことであった。
 渡航者の研究課題は、経済安全保障の分脈で多くの関心を集める半導体のサプライチェーン管理をめぐり、アメリカの同盟国であるミドルパワーの国々がいかなる政策決定を行うのかを、国際政治経済学の視覚で分析するものである。経済安全保障に係る問題の一部としての半導体サプライチェーン管理については、国際政治経済学や、より広く国際関係論の研究者からも多くの注目を集める一方、日本国内の学会の議論は政策論がその中心を占めており、国家の安全保障に責任を負う政府がいかに市場アクターと対峙して政策決定を行うのかという政治過程に関する議論は希薄なままである。
 これに対してISAをはじめとする国際学会においては、多角的な視点から半導体サプライチェーン管理をはじめとする経済安全保障について議論が交わされている。ISAは国際関係論に関する学会としては世界最大規模であるため、今般、研究大会への参加を通して多くの学術的知見に触れることを目指して渡航した。

成果

 大会への参加を通して、期待通り多くの学術的知見に触れることが叶った。以下、今回の渡航で獲得した知見を3点に整理して報告する。 
 第一に、地政学(Geopolitics)に関する議論との関係である。今回のISAでも、””geopolotics””を題材としたパネルは多く設置されており、半導体に関する問題を含む様々な地政学的イシューに対する関心の高さを再認識した。他方、その多くは昨今の動向の追跡にとどまるものも多く、理論的検討の希薄さ、逆に言えば自身の研究の意義を感じる機会ともなった。
 第二に、貿易政治(Trade Politics)研究との関係に関する事柄である。自身の研究は貿易政治研究の一環として行っているため、当該分野の先端的議論には強い関心があった。実際参加したパネルでは、貿易政策の形成過程における企業の役割に関する議論が多数報告されていた。この際、特に若手研究者は企業レベルのミクロなデータを扱うことに長けており、多くの刺激を受けた。ただし、それらの先端的技法から得られた知見を近年の地政学的議論と結びつけたものは多くなく、この点から、自身の研究の貢献の可能性を認識することとなった。
 最後に、研究遂行における研究体制に関する事柄である。自身の研究は共同研究として行っていることもあり、海外の研究者の共同研究のマネジメントの様態は従前より気になる事柄であった。実際にいくつかの共同研究の報告を聴く中で、分業のやり方等につき多くの学びを得た。
 以上のように、今回の渡航では多くの情報収集を行い、また今後の自身の研究に繋がる刺激を得た。渡航者は、2025年7月に別の国際学会で今回の渡航計画にある内容の研究報告を行うことが決定している。当該報告を良いものとするという観点からも、今回の渡航は貴重な経験となった。

佐藤悠広(特定助教)・イタリア

概要

 土井翼准教授(一橋大学)が現在留学しているフィレンツェ大学を訪問する。訪問の目的は主に次の2つである。
第1に,主に申請者の博士論文について,ベルナルド・ソルディ(Bernardo Sordi)教授と意見交換を行う。申請者はドイツ法を比較対象として博士論文を執筆したが,ドイツを含むヨーロッパの近代公法学史を専攻するソルディ教授からは有益な助言をいただけると考えられる。
 第2に,行政法に関するイタリア語の文献収集を行う。申請者は今後フランス法または/およびイタリア法を研究対象とすることを検討しているが,とりわけイタリア語文献は日本では入手しづらいものが多いため,幅広い領域の文献を収集する予定である。

成果

 申請者の博士論文についてソルディ教授と英語で意見交換を行った。「附款」概念は解釈論上不要であるという博士論文のメインの主張についてはおおむね賛同いただけたが,「行政裁量」の定義にあいまいさが残っているという指摘もいただいた。また,「附款」をappendixと英訳するのは適当でないと指摘され,より適切な訳語についても議論を行うことができた。
 フィレンツェ大学の図書館では多くの文献を収集した。イタリアでは「辞書」(人名辞書,用語辞典等々)の文化が成熟しており,日本におけるよりも必要文献・関連文献を探しやすいように感じられた。
 以上のほか,フィレンツェ大学の講師にお誘いいただき,裁判傍聴をする機会を得た。民事裁判が一切非公開であること,民刑事裁判に比べて行政裁判が極めて少数であること等,日本の裁判との異同を学ぶことができた。

芝池亮弥(D2)・スペイン

概要

 スペインのマドリードにて行われるThe International Society of Public Law(ICONS)の年次大会に参加する。ICONSは、公法の国際的な学会であり、情報収集・研究者同士の意見交換を行う計画である。
 今年のICONSのテーマは、「公法の未来:レジリエンス、持続可能性、AI」となっている。昨今AIの急速な進歩により、法的・倫理的・社会的に深刻な問題が起こっている。そのような中で公法が果たすべき役割について本大会では議論される。
 申請者は現在、サイバーセキュリティという社会問題に対して、公法が果たすべき役割について研究している。AIの発展により、サイバーセキュリティの分野においても、AIへの攻撃をどのように防ぐかといったことや、逆にAIに攻撃を行わせるといったように、問題が複雑化してきている。また、サイバー攻撃を100%防ぐことは不可能であり、レジリエンスへの着目も重要である。そのような中で、本大会のテーマは自身の今後の研究に役立つと考えられる。

成果

 今回のメインテーマであったAIに関するセッションが多数あった。AIによる差別について、AIの製造過程に着目して解決を目指すセッションや、サイバー空間における人権保護について、国レベルと地方レベルが協力することで、より強固に人権を保障できると主張するセッションなどがあり、様々な観点から学びがあった。その一方、日本でもよく行われている議論も多く、日本の法学の議論水準の高さを改めて実感した。
 各国から人が集まるため、「比較法」に関するセッションも多数あった。一般に日本において「比較法」と言うと、ある一国と緻密に比較を行うことが主流であると考えられるが、どの「比較法」のセッションにおいても世界中の国を対象に、データ分析を行うというものであった。たとえば、憲法改革と、民主化度・人権の保障度合い・経済成長などとの関係について、データを用いて議論がなされた。このようなことは日本ではあまり行われておらず、新しい視点を得ることができた。
 また、ICONSでは若手の交流セッションや懇親会も用意され、様々な国の人々と交流することができた。特に、サイバー空間における人権保護について発表したグループとは、自身の研究テーマについて、議論することができた。

藤原いお(D1)・イギリス、アイルランド

概要

 報告者の博士論文のテーマは、「18世紀イギリスにおける土地改良言説と名誉革命以降の国制の正統化の原理との関係性」である。本研究は、18世紀英国の諸言説を分析し、名誉革命体制における「国制の正統性」の論理構造を明らかにする政治思想史研究である。そのため、当時の言説空間のあり方を解明し、論争の焦点を明確化する思想史的な言説研究の方法を採る。この手法の効果として、現代では既存の学問分野に収まらないため、傍流として扱われてしまうものの、当時の言説空間では力をもっていたテクストを再発見し、研究主題に適切に位置付けることが可能となる。こうした言説研究では、その性質上、一次文献を大量に渉猟する必要がある。本計画では、大きく分けて三種類の資料を調査する予定である。
A. 18世紀型国制論の発生段階である名誉革命前後(1700年前後)の言説
B. 名誉革命擁護が再燃した1790年前後の言説、フランス革命初期論争
C. 土地改良が喫緊の課題とされていた18世紀アイリッシュの言説
 18世紀イギリスの刊行物は、書籍化されていないもの(パンフレット等)についても、ECCO(Eighteenth Century Collections Online)等のデジタル・オンライン・アーカイブに相当量の収録がある。これら国内においてもアクセス可能なものは既に分析を開始している。しかし、本研究に必要な資料は、いまだデジタル化されていないか、現地でのみ閲覧可能なマイクロフィルムに収録されている場合も多い。
 今回の調査では、Trinity College Dublin、Marsh’s Library、National Library of Ireland、The Brirish Library(London)の四機関を訪れる予定である。

成果

 上記の計画は達成された。8/23-9/5まではロンドンにて大英図書館での資料調査を行い、9/5-9/19まではダブリンにてNational Library of Ireland, Trinity College Dublin, Marsh’s Libraryでの資料調査を行った。一次文献・二次文献を合計して5000-6000枚ほどの写真撮影をし、11月中に整理を終えた。12月現在分析中であり、2月ごろには分析が終わる予定である。その成果は上記のテーマに則した論文としてまとめたい。
 上記のA-Cの資料調査がスムーズに進んだため、くわえて修士論文で扱ったダブリンの演劇論争についての資料も見ることができた。こうした成果を生かして、報告者はダブリンの演劇論争について、一次文献の翻訳を企画中である。
 図書館の閉館日や閉館時間などには、18世紀関連・政治史関連の展示のある美術館、博物館などを訪問した。また、滞在地としていたダンレアリ(ダブリン)の図書館では、アイリッシュのクェイカーについての展示が充実しており、報告者の関心のあるエドマンド・バークとクェイカーのコネクションについての展示を見ることができた。
 また、資料調査を初めて行った経験をもとに、「資料調査ことはじめ」というタイトルで資料調査のハウツーを研究会にて報告した(11月・八王子大学セミナーにて)。今後海外資料調査を実施する大学院生・大学生の役に立てればと思い、その際のスライドをresearchmapの資料公開のページにて共有した。報告者は渡航直前に重度の捻挫をしてしまい、全治一ヶ月の期間とこの調査旅行が重なってしまった。渡航中は常に松葉杖や歩行器具を利用していた。慣れない状態によって機動性が下がったが、宿をバリアフリーのホテルに変更するなどして対応し、上記の計画を達成することができた。ただし、ダブリンのホテル価格が高騰している事情から、当初の予定より予算が嵩んでしまった。その分は科研費から補った。

吉川聡美(特定助教)・ドイツ

概要

 今回の在外研究の目的は、(1)コンスタンツ大学において、ドイツの第三者評価制度に関する文献収集を行うこと、(2)ドイツの著名な公法学者の一人でもあり、ドイツ・EUの第三者評価制度研究の第一人者でもある、ハンス・クリスチャン・レール教授(コンスタンツ大学)にインタビュー調査を行うこと、(3)昨年度の若手短期在外研究で親しくなった助手と再び研究交流の機会をもつこと、である。
 (1)日本国内においては、ドイツ行政法の総論的な文献や主要な参照領域の文献は存在するものの、個別制度に関する最新の文献に関しては国内図書館に所蔵されているものはわずかである。また、昨年度の若手短期在外研究では滞在時間が極めて短く限定されており、図書館での文献調査に充てられる時間がほとんどなかった。今回の在外研究では、研究課題に関連する文献・資料の収集を行う。
 (2)ハンス・クリスチャン・レール教授はドイツ公法における著名な研究者の一人でもあるとともに、製品安全法等を通じた評価制度に関する分析を行う著作があるなど、第三者評価制度研究の第一人者でもある。彼にインタビュー調査を行い、ドイツにおける第三者評価制度の現在の議論状況を理解する。
 (3)昨年度の若手短期在外研究において、コンスタンツ大学で公法学を研究する助手と研究課題に関する意見交換を行った。今回の滞在でも再び交流の機会を持つことで、日独の若手研究者の相互理解を深めるとともに、継続的な交流の機会を得るための基礎とすることを目指す。

成果

 (1)につき、日本国内では所蔵されておらず、オンライン上でもアクセスができない文献を多数収集することができた。特に、ドイツの州レベルでの行政上の問題に関して各州ごとに発行されている雑誌や、ドイツの博士論文が収録された書籍、ドイツの食品法上の制度に関して実務家が書いた文献など、自身の研究課題にとって必要不可欠だが、日本国内には所蔵されていない文献を多数収集するとともに、それらの文献において参照されていた文献のうち、まだ自身が把握していなかったものも複数確認することができた。これによって、自身の研究課題に対するリサーチが大きく進んだ。
 (2)につき、レール教授へのインタビュー調査を通じて、現在のドイツの第三者評価制度において、評価基準がどのように作成されているのか、それらがEUの指令・規則等の他の規範とどのような関係にあるのかについて、改めてドイツの議論の現状と公法学研究者の認識に触れることができた。それは、第三者評価制度における分析の視点をより明確化することにつながっただけでなく、ドイツにおける議論を日本での議論でどの程度参照することができるか、という参照可能性と限界の問題について改めて考える機会にもなった。
 (3)につき、コンスタンツ大学の助手と研究に関する意見交換を行い、ドイツ行政法学における最新の議論状況を知るとともに、彼らの研究から自身の研究に対して示唆を得た。また、助手が行っている講義にも参加し、ドイツの大学における講義の様子を体験することができた。この体験は、自身が今後教育活動をしていくうえで参照すべき価値のある、非常に貴重で有意義なものとなった。

陳春松(特定助教)・台湾

概要

 私は現在、第二次世界大戦期における中国政府の指導者である蔣介石の外交政策について研究を行っている。この研究を進めるためには、彼の日記が最も重要な資料の一つである。日記の原本は、元々スタンフォード大学附属フーバー研究所に収蔵されていたが、2023年9月に台北の国史館に移管された。蔣介石日記の他、国史館は多数の資料(蔣介石の個人資料集『蔣中正総統文物』、蔣介石の息子である蔣経国の日記など)をも保管している。
 また、同じく台北に位置している中国国民党党史館も多数の蔣介石関係・国民党関係の資料を保管している。これまで私は、日記の要点を抜粋した各種史料、関連公私文書、新聞雑誌などを用いて研究を進め、その成果を博士論文「蔣介石の外交戦略と日中戦争 1937―1941」として提出してきた。しかし、今後さらに研究を深化させるためには、これまで先行研究で十分に使われてこなかった台北の国史館および中国国民党党史館所蔵の一次史料を調査・活用することが不可欠である。
 そのため、この度は本助成金を十分に活用して、15日間の滞在によって、台北の国史館および中国国民党党史館でなるべく多くの資料を収集しようと考えている。具体的には以下の通りに計画している。
1) 国史館:日中戦争期(1937-45年)を中心とする蔣介石日記・蔣経国日記、『蔣中正総統文物』の閲覧・精査
2) 中国国民党党史館:蔣介石関係・国民党関係資料の閲覧・調査・筆写

成果

1、国史館:2024年3月29日以降、国史館に収蔵されている蔣介石日記および蔣経国日記の一部(蔣介石日記「1917年ー1920年」、蔣経国日記「1937年ー1938年」)は国史館の閲覧室にて閲覧することができるようになった。そのため、台北に滞在中に6回にわたって国史館に赴き、蔣介石日記および蔣経国日記を閲覧・精査した。
2、中国国民党党史館:博士論文の中では、日中戦争勃発から太平洋戦争勃発までの時期を取り上げ、蔣介石の外交戦略を再検討する。主に蔣介石と英米、ソ連、日本の関係を中心に分析を展開している。しかし、もう一つの大国であるフランスに関する考察は少なく。これは博士論文の一つの不足だと言える。そのため、党史館での資料調査は主に蔣介石・中国政府とフランスの関係を中心として展開した。特にシャルル・ド・ゴール(Charles André Joseph Marie de Gaulle)によるリーダーされている自由フランスに関する資料を多数収集できた。

李中雨(助教)・インドネシア

概要

 10月9日に開催される2024 Indonesia-Japan International Lawyers Workshopは、インドネシア大学と京都大学が共催する合同セミナーであり、若手研究者3名がそれぞれの研究分野における国際法の最新の課題について発表し、その後ディスカッションが行われる。合同セミナーへの参加は、国内外の若手研究者から学び、視野を広げる貴重な機会となる。
 本研究は、海洋法がグローバル・コモンズの保護という新たな課題にどのように対応し、徐々に発展してきたかを探求することを目的とする。具体的には、気候変動、公海漁業、および国家管轄権外区域における海洋生物多様性に関する諸問題について、法的枠組みがどのように機能し、「共同利益」をいかに確保しているかを批判的に評価する。
 従って、この合同セミナーに参加することで、海洋法の専門家(インドネシア大学側の主催者および日本側の報告者の1人)の意見を直接聞き、議論を通じて多くの知見を得ることができると期待している。また、インドネシアのような海洋国家において、この特定の国際法がどのように認識され、実施されているのかを深く理解することを目指す。

成果

 発表の機会は与えられなかったものの、報告を聴講し、その後のディスカッションに参加することで、インドネシア大学の若手研究者の研究関心について理解を深めることができ、大変有意義な学びの機会となった。そのテーマは以下の3点である。
1.インドネシアおよびASEAN諸国が、Strategy Trade Managementを通じて、軍民両用物資の流通をどのように規制・管理しているか。
2.インドネシア国際私法の最新の発展。特に、「真正な関係」の解釈において、有効な国籍を主要な判断基準としている点。
3.貿易と持続可能な発展のバランスの取り方、およびASEAN諸国の自由貿易協定における関連規定の現状と今後のあるべき構築の方向性。
 また、京大側の若手研究者は、同年5月に国際海洋法裁判所の勧告的意見を中心に、海洋法条約第12部における海洋環境保護義務を説明した。そして、勧告的意見が紛争解決手段の一つとして、グローバル・コモンズの保護に新たな道を提供し得ることを指摘した。この点は、国家の同意の重要性が一定程度弱まっていることを反映しているとも言える。

KIM MINJUN(D2)・アメリカ

概要

 本計画は、アメリカ国立公文書記録管理局館(National Archives and Records Administration)にて1970年代における日印関係に関する史料を収集することである。日印関係に関する公文書の他にも博論執筆における分析のために日本外交とインド外交に関する文書も収集することである。
 これらの史料を集める目的は、申請者の研究に使うためである。申請者は、1964-1974年の日印関係を研究しており、研究のために日本側、インド側の史料はもちろん、イギリス、オーストラリア、ニュージーランドなどの英連邦諸国の史料を収集して検証しながら実証研究を行っている。しかし、米ソ冷戦史における国際関係史研究の特徴上、アメリカの視点と日印の対米関係もしくはアメリカの対日、対印の情報収集の面も無視できない。超大国との関連性も検討しないと冷戦史研究において研究意義を考察しがたい。
 そのため、申請者は、実証研究の完成度を更に引き上げること、国際政治学における研究意義付けと国際政治学で重要視している諸論点を分析を行うためにアメリカのメリーランド州、カレッジパークに所在するアメリカ国立公文書記録管理局館にて史料調査に行こうと思ったのである。

成果

 申請者は4月29日-5月3日、5月6日から2月8日までアメリカ国立公文書記録管理局館に訪問して自分の研究に必要な史料を収集することができた。これらは日印関係文書(インド外交、日本外交に関係する公文書)と日印対話の中での重要な安保懸案と関係のある史料も参考・実証・研究分析に使うために収集することができたのである。
 これを通じて今回のアメリカ国立公文書記録管理局館における史料調査のおかげで本人の研究に必要な史料を収集することができ、本人の研究における実証性を更に引き上げることができ、研究の進行に役立った。更に超大国、アメリカの視点が分かるため、申請者の研究を国際政治学、冷戦史研究からも意義付けが用意しやすくなった。つまり、申請者が計画をしていた史料収集が成功したのである。

YANG XINKE(特定助教)・フランス

概要

 報告者は、特定助教としての研究期間中に、夫婦財産に対する配偶者の権利を保護するための法理論を構築することを目的として研究を行っている。夫婦の財産が一方配偶者の名義で取得された場合、婚姻期間中、その財産の管理権限は名義人である配偶者に帰属する。そのため、名義人である配偶者が無断で他方配偶者に不利益となる処分や贈与を行うことで、他方配偶者の権利が十分に保護されない事態が生じる可能性がある。従来の裁判例では、名義人でない配偶者の金銭的な出捐については貢献として評価される一方、非金銭的な貢献については財産分与の際にのみ考慮され、婚姻期間中の財産管理権の判断には影響を及ぼさない傾向がある。それに対し、学説では、名義人でない配偶者を保護する手段として、財産分与請求権の保全や処分行為の取消しが提案されているが、これらのみでは婚姻期間中の権利保護としては十分でない。
 本研究は、フランス法の学説や裁判例をも参照しつつ、名義人でない配偶者の貢献を適切に評価し、婚姻期間中の財産に対する名義人でない配偶者の権利を法的に確保するための新たな理論を模索するものである。これにより、夫婦財産制に関する法解釈論の深化を図り、現実的な問題解決につながる法的基盤を提供することを目指す。
 本研究を円滑に遂行するため、夫婦財産関係に関するフランスの最新の法令や裁判例、論文を収集し、関連制度やその適用、学説の動向を把握することが必要である。京都大学にはフランス法関連の資料があるものの、夫婦財産法に関する蔵書は限定的であり、日本国内の他大学でも最新の資料の所蔵や更新が十分でないため、現地での書籍購入や資料収集が時間的、経済的に効率的と考えられる。報告者は、本支援金によって、2024年夏に訪れる予定のパリのクジャス図書館を利用し、研究に必要な資料を収集する計画である。

成果

報告者は、2024年9月11日から9月23日の間に、パリのクジャス図書館を訪問した。クジャス図書館は、予想を上回る豊富な資料を所蔵しており、滞在期間中、以下のような成果を得ることができた。
 まず、フランス法における夫婦財産法の最新資料を調査し、必要な文献をコピー・スキャンすることができた。京都大学におけるフランス法関連の資料は比較的充実しているが、教科書から論文に至るまで更新されていないことが多い。クジャス図書館では、最新の体系書や専門書に直接アクセスすることができ、これにより夫婦財産法におけるフランスの最新の学説や実務の動向を把握できた。また、図書館アカウントの取得により、2010年以降の博士論文をオンラインで閲覧できるようになったことも大変役に立った。
 次に、最新の資料に加えて、クラシックな家族法に関する貴重な資料も入手することができた。たとえば、Jean Dabinの『Sur le concept de famille』やDavid Cooperの『MORT DE LA FAMILLE』といった、20世紀の家族法における優れた研究を拝見し、スキャンすることで持ち帰ることができた。これらの資料を通して、フランスの家族概念の歴史的変遷を理解する上で重要な視点を得ることができた。これにより、フランス社会における家族の役割や価値観がいかに形成されてきたのかを明らかにし、日本法との比較に役立つ視座も得られた。
 また、滞在期間中には、クジャス図書館でパリ第一大学(パンテオン・ソルボンヌ大学)やパリ第二大学(パンテオン・アサス大学)の学生と知り合う機会もあった。彼らとの交流を通して、現地の学生が日常的に活用している資料や、効率的な資料検索の方法についても教えてもらった。これにより、今回の訪仏が単なる資料収集に留まらず、現地の学生たちの学習手法や研究のアプローチについても理解を深める有意義な機会となった。このように、フランスで得た学びは、京都に戻ってからも大いに活用できるものであり、今後の研究活動にも大いに役立つと感じている。
 最後に、クジャス図書館の閉館日である日曜日には、パリ市内の書店を訪れ、フランスの家族社会法や人類学に関する資料を閲覧することができた。書店の店主とも親しくなり、フランスにおける家族社会学の重要な研究資料について助言をもらうことができた。この書店での出会いを通じて、貴重な研究資料を知ることができたのも今回の滞在の大きな成果である。